2005年3月21日

《気付き》

所謂、「デキる職業人」という人種は自分の見える範囲と、そのもう一歩だけ広い範囲の人達の事を気遣える人だと思う。
直接見知らない人と電話で対応する場合、如実にその人がどれだけ「普通の職業人」であるかがわかる。
電話の向こう側にいるひとにとっては、その人が「その会社」であり、「その集団」そのものとなる。
我々も良く、サポート本部などに連絡する場合に「あの対応はひどいな」と思うことが多々あるのだが、相手が一兵隊だと思って話している相手がスタッフ全体に影響のあるキーパーソンである事などきっと考えもしないのだろう。
翻って、我々が連絡のときに取り次いでくれているお兄さんやお姉さんが、意外に社内で影響力のある人物であるケースなど、日常的にあるのだ。
そこに気付く事ができるか、が、デキる職業人になるための第一歩であることは疑い得ない。

2005年3月20日

《卒業》

母校の卒業式を見るために立命に往く。
私が在学していた時期にかぶる後輩はこれで全て卒業したことになる。
そこで日々マジックをしていた事、安い馴染みの食堂に空腹を満たしたこと、ほんの手の届く位近い昔確かに自分の青春はここにあった。
共に笑いあった最後の仲間たちに今、心から感謝と祝福を送りたい。
さぁ友よ!新たなるそれぞれの道を往け!

2005年3月19日

《全てだ!》

「やりたい事がわからない」
就職を前にしてそう語る学生を見ても私には全く理解できない。
私にはやりたい事が限りなくある。カテゴリをビジネスに限ってみたとしても経営・情報・金融の三本柱はもちろんのこと、教育・飲食・流通・小売・製造もやってみたい。
それぞれの細かいところを攻めればもっともっとやりたい事は湧き出てくる。
「なんで今の職種を選んだの?」「今後どうしたいの?」
そんな私に彼らは尋ねる。
答えはわかっているだろう?
そう。
「全てだ!」
男と生まれたからにはやりたい事は全て取れ!

プライオリティとは、優先順位を意味する言葉だ。
ファーストプライオリティを「全てを投げ打ってでも優先させるモノ」として考えると、これをもっているかどうかでその人の生き様は大きく変わる。
確乎としたファーストプライオリティを設定した人が成功すると他人は大抵非難する。
何かを犠牲にして何かを取るという発想はきっと多くの人にとって心地いいものではないのだろう。
しかし何かに賭ける人の生き方というのは、私から見ると清々しい。たとえその人が志す所が世間から見て悪と判断されることであってもだ。
あなたは「これが私のプライオリティだ!」と断言できる何かをもっているか。私にはある。

今回引き受けている案件では、やたらと注文が多い。
基本的には、ミスに対するクレームなのだが、あまりに現場感覚、現実感覚を失ったクレーム・注文であり全ての注文に対して100%こなすことは不可能である。
当社ではアグレッシブに行った結果のミスや通常の業務・判断の範囲で生じたスタッフのミスについては寛容である事を旨としている。失敗は素直に認め謝罪する。改善点があれば早急に対応する。こうした基本姿勢を徹底した上で、スタッフの起こしたミスを責任者たる自分がきちんと責任を取り、必ずスタッフを守る。
こうした姿勢である限り、冒頭のような無理なクライアントの要望やクレームに対してできない事はできないときっちり対応する必要がある。非常に狭い作業場所で作業する以上、ねじを落とすことはありうるし、そもそも高速道路のパーキングに電車で行くことは不可能である。
当社にとっては、スタッフもクライアントも当社に関わっていただく全ての方々は同様に大切な存在である。その意味で当社では「お客様のみが神様」ではありえない。難度の高い仕事になれば要求する金額も上がるし、スタッフにもフェアに支払う必要がある。また、そもそもスタッフを磨耗するような仕事は請けられない。そして、責任を全てかぶる心積もりがある以上、わかりきっているリスク、あるいはローリターンハイリスクの仕事であれば、避けることが経営としての使命である。
当社は、サービスの品質に絶対の自信がある。それでも作業に際して失敗は起こりうる。失敗に対して寛容である事は、報告がしっかり自分まで上がってくる事が必要だと考えているからだ。私が、製品の不良でねじが止まらない旨報告したら、お客様は「ねじがとまらないということであれば、日向さんの評価が下がりますがよろしいでしょうか?」と尋ねてきた。当社のスタッフにも伝えておきたいが、返答は「評価などいくら下げてもらってもかまわない。報告は上げる。対応を答えてほしい。」に尽きる。これをミスととらえられ評価が下がって関連企業などに迷惑がかかろうとも問題ない。全て当社の経営が、私が責任を負う。
一方で、うちがお客様として付き合っている企業様もいくつかあり、私の要望に完全にはこたえてもらえず、多くの時間が費やされた案件があった。結局どこが悪いのかはよくわからないで私が再対応した。私がクライアントであり、何かのミスで迷惑を被っているケースであるが、自分が神様だと思って頭ごなしにクレームをつける事はしたくない。また、結果がどうであれ、きちんと対応していただいているのであれば、それで問題ない。
どんなケースであれ、些細なすれ違いや誰かのミスでどこかに仕事のしわ寄せが行くことはある。仕事は須らく共同作業である。ミスを起こさない努力、ミスが起こったときの対応は、関係者全てが等しく考慮して押し付けあうことのないようにカバーすべきである。願わくば仕事に関わるすべての人が協力して気持ちよく問題に対応する体制を築いていきたいと説に思う。