株式会社トライアンフは、フィールドサポート、カスタマーサポート等のITインフラ導入・保守を中心に全国展開作業を請け負うIT企業です。

株式会社トライアンフ

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2005年11月29日

《普通である事》

この前の講演の感想を読んでいて学生時代を振り返る。
そうそう。あの頃は社会というものは、もっと合理的で効率的なものだと思っていた。もう少し云ってしまえば、もっとキチンとしていて自分などでは通用しないのではないかという不安があった。
しかしながら自分が就職してみてまず感じた事は、大学時代との人的レベル・インフラのギャップであり、不条理で泥臭い「社会の現実」の存在だった。自分は通用しないどころではなくて「普通」のレベルはこんなところにあるのだ、という率直な驚きだった。
営業現場ではいわゆる研修体制・管理体制などはまるで無く、個々人が何とかして日々の業務をまわしている現実。非常識な業界の常識。
とにかく社会人一年目は新鮮だった。
あの頃から今まで、私の中では一つの目標がある。それは「普通である事」だ。大学生から見て普通である事。一般社会から見て普通である事。ともすればそれは、素人が唱える「理想」の姿かもしれないし、サービスを受ける事に慣れすぎた若者が主張しすぎる「権利」の姿かもしれない。
証券時代のサービスもまさに「普通できて当然」を創り上げる戦いであったし、現在も「普通の会社」を目指して階段を上がっている最中である。多くの人が関連する組織で、資金や制度で制約を受けているとしたら、そして責任のある立場で組織を構築する立場にあれば「普通である事」は外から見た感じ以上に難しい。
コンプライアンスを声高に叫ぶ前に、まずは普通である事。これができないから、ミスやチェック漏れが集積して、社会を賑わす不祥事にまで発達した挙句、ユーザの心証を害する対応をして問題を増長させたりしてしまうのだろう。
業界の空気が読めない人間にビジネスはできないが、世間の空気が読めない会社には社会責任は果たせない。私の会社運営の軸足は私の持っている「普通」を追いかけるところにある。

2005年11月24日

《ゲストスピーチ》

24日、私の母校である立命館大学の授業にゲストスピーチとして招いていただいた。
ちょうど本日京都での仕事があるという事を母校で教鞭を取っている友人に話したところ実現したスピーチであったのだが、およそ200人の聴講生の大切なひとコマをいただき、本当に恐縮である。
授業そのもののメインテーマは福祉であるが、フリーター・ニート等の問題を考える一つの材料として、彼らに近い世代の先輩として雇われる側・雇う側の両側面を経験している私自身の経験を話し、聴講生達が「働く」と云うことは何か?を考えるきっかけにしていただけたら幸甚である。
ちょうど祝日の授業で、大教室の授業、と伺っていたので、登録人数は多いけれども参加者は少ないのではないか?と考えていたのだが、実際に教室に入ると本当に多くの受講生がまじめに授業に参加しており、あらためて後輩達の学習意欲の高さを感じた。教壇にたって私が話し始めると私語も無く真剣に私の話に耳を傾けていただき、私が大学時代大教室で授業を受けていたときの受講態度を思い出すと考えられないほどのレベルの高さである。
大まかな話しの流れとしては、「留学」「就職」「起業」という大きく三つのステージにおいて、自分が決断するまでの動機や環境などについて語った。それぞれのメリット・デメリット等についても愚直に語ったので、現在の当社の未熟な部分もリアルに伝わったのではないかと思う。
時間的には50分と限られた時間ではあったのだが、その後受講生の方達に感想を書いていただく時間を取ってもらった。私も個人情報の分からない形で拝見させていただいたのだが、受講生それぞれの切り口で私のスピーチを分析・社会保障やインフラについての関連付けや行政の対応などを書かれており、私の方が勉強させられる内容・感想が非常に多かった。
私自身、利潤を追求する民間企業に属する身ではあるが、このような形で産学連携を進めていくことも社会活動の大切な一つであると考えている。
このような貴重な機会を作っていただいた友人に、真剣に私のスピーチに耳を傾けていただいた受講生の方々に、心から感謝の気持ちを伝えたい。
この度は本当にありがとうございました。また、機会があればぜひスピーチ・ディスカッション等にも参加させていただきたいと思います。

2005年11月21日

《責任とコスト意識》

一つの大きなお仕事が存在したとして、そこに関わってくる業者の数は発注者・受注者ともに考えている以上に多い。当社としては典型的な孫請・曾孫請会社だといえるのだが、世間で感じているような下請けの悲哀みたいなものの中で仕事をしているかといえばそんな事はない。
なぜならば当社のサービス品質は本当に高いと最高責任者である私が心から感じているからだ。ある仕事で、A社というお客様がB社というメーカーに発注したとしよう。B社は全国展開する能力のあるC社にこの仕事を委託する。C社はそれぞれの担当地域でもっとも信頼と実績のあるD社に委託する。D社はその期間仕事が請けられるE社を探す事になる。
我々はそのE社レベルの仕事をしている。
発注から実際の作業に入るまで、3・4社入るのはよくあることで、仕事をしていれば追加作業や変更事項がどんどん発生する。そうしていくうちに黒字と思われていたお仕事が赤字化するのだ。
さて、一旦赤字化したお仕事は、軒並み全社赤字になるか?と云われるとそんな事は無い。追加・変更を願い出たのはどこのレベルか?その時のコストはどこが負担するのか?を詰めていけば、B社とD社は赤字だがC社とE社は黒字である、といった縞々模様の状況が発生したりするものだ。
どこの会社も依頼して来た会社や自分が使っている下請けを真っ赤にしたくない気持ちはあってしかるべきだが、コスト意識も無くどんどん追加作業を委託していく場合には、整然と請求をあげる事にしている。クレームなどと共に降りてくる対策追加作業について、料金を請求するのは交渉を担当する営業現場としてはつらい。つらいが、自社よりも下に連なる会社やスタッフに迷惑をかけるのであれば、正々堂々と請求する事こそ正道であろう。
「人が動けば、金が動く。」この原則が理解できない会社には、きちんと責任を取ってもらわなければならない。そして、正当な要求をきちんと通すためには、きちんとしたサービスを自らが行っていく事に尽きる。当社はきちんと請求する。スタッフが動いているのに無給で働かせる事はありえないし、品質を担保するために一つ一つをきちんと黒字の案件とする。
当社の指揮下で働いてくれている会社にもスタッフにも迷惑をかけない会社でありたい。
そのために体を張って交渉するのが、社長の仕事である。

2005年11月1日

《資本金1000万円》

資本金1000万円。
ほんの少し前までの事だったが、株式会社設立のハードルは我々コネ無しカネ無しの青年には果てしなく高かった。大体普通にサラリーマンをやっていて、1000万円が自由に使えるようになるのはいったい何歳なんだろう。もしかすると一生そんな時期は来ないのかもしれない。だからこそ、「株式会社」の創業者というのは、これまで普通の感覚ではめぐり合えない人種だった。
現在の我々の状況は違う。なんと1円から株式会社を作ることが赦され、来年には「5年以内に1000万まで増資しなさい。」という特例扱いも無くなる。
私自身特例に乗って有限会社を設立し、一年と少しでノルマ300万(有限会社であれば300万)まで増資した。特例制度の利用者であるから、鉄の意志で300万の資本金を溜めて起業してきた先達に比べれば体制や準備に甘い点もあるかもしれないのだが、それでも「誰でも株式会社の社長になれます」という方針には賛成できない。
会社を経営しているものにとっては等しく感じているものに、取引先の信用リスクというものがある。BtoCのように原則即日現金取引であれば問題は無いが、法人同士の取引では売上と受渡には期間的にズレがあるのが一般的であるし、大きな金額になって支払ってもらえなければ一気に経営危機になる。未払いリスク程恐ろしいものはないのだ。
大企業であれば、取引先の財務状況などは当然把握しているし、信用リスクについても個別に調査できる。だが、我々のような中小企業には信用を計るためのコストはかけられない。そこで、大きく「会社形式」で見る事になるのだ。当社であっても可能な限り取引先は法人企業、できれば株式会社、可能であれば上場企業としたいと思っているし、私が起業した際に法人にこだわった主要因もこのあたりの信用にある。また、ホームページに財務諸表を載せているのもオープンに当社の信用を判断していただきたいからである。
さしあたり起業のハードルは低くして、努力しない企業は退場してもらうというこれまでの方針は制度の利用者である我々から見ても自然だったと思う。当社も株式会社に組織変更する事については前向きに考えていきたいが、可能な限り早い時期に資本金は1000万まで増資しなければならないと思っている。
それにしても。やはり1000万円のハードルは高い。先人達の努力には頭が下がる。