2005年12月9日

《動機》

社長になった動機について考えてみた。
「お金持ちになりたい。」「ヒルズで仕事したい。」とは実はあまり考えた事はない。
もちろん、お金はあったほうがいいと思う。特に今は苦労しているから。いい環境も整えたい。それは見栄という部分も無いわけではないが、もっと実利的な面で色々と必要に迫られている点を改善していきたいからだ。
「人から指示や命令を受けたりするのがキライ。」「他人の上に立って仕事したい。」と云うのもそれほど重要の事ではない。
元々上下関係の意識が希薄なので、管理者と実行者はそれぞれ役割が違うだけでそもそも上下と云う意識はあまり無い。縦社会になじんだ管理者からは使いづらいとは思うが、指示が理不尽で管理者の権限から外れていれば従うつもりは更々無いし、組織的にそういう風習であれば、組織を移る権限を行使すればいい。自分が組織化した今の会社でも考え方はあまり変わらない。自分の子供が生まれたから、社員全体で万歳する、という会社にしたいと思った事は一度も無い。
それでは、「どんな事が動機なの?」
絵的に美しい動機は無いのだが、自分が一番自分らしい環境で働いて、自分の関わったサービスがお客さんに喜んでもらえて、成功したらその果実に見合った報酬が得られて、気のあった仲間と刺激的な毎日が送れるといいな。と思っていたら、中々、自分が思うほどに自分の考え方を受け入れてくれる社会と云うものが無くて、自分には自分のいる場所を組織化する能力と決断力があった。と云うことである。
「会社を創ろうかな。」というテーマができた後の視点は、複数に分かれる。
「個人日向」は、まず自分が食べられる事。次に家族をもてるだけの所得を得る事。その後、会社のみんなの生活を守れる会社にする事。最後に社会に貢献できる会社へ成長させる事。と云う。
「投資家日向」は、投下した資金量や商品日向の労働価値から考えて、他の投資案件より効率的なリターンを得るためにはどうすればいいか。現在のトレンドで得られる小さな利益よりもこれから来る上昇トレンドに対応できる投資案件に「会社」を育て上げねばならない。と云う。
「経営者日向」は、法人企業の存在意義は、投資家・顧客・社員・関係者の満足を極大化させること。と云う。
他にもそれぞれの視点から見た日向がいて、全員に共通する思いがあった。きっとそれが一番強い部分の動機なのだろう。
「まずは、やってみてから考えよう。」
気がつくと社長になっていた。ドラマチックにならないが、社長になることは普通の事なのでそれほど強い動機が無くてもいいのだと思う。