2005年1月21日

《吉寿司》

旨い魚と書いてスシと詠む。
母は吉寿司を三好で最も旨い肴を出す店として、その店に行ってはご満悦で帰ってくるのだった。以前より一度相伴に与りたいと思っていたが、本日念願が叶う。
大将は昔気質の毬栗頭、ネタには拘り、その目にかなったネタしか置いていない。本当に無いのだ。つまり季節のものであれば、その限定された季節しか置いていないし、「この前食べて美味しかったキハダ・・」なんていってみても、よいネタが入っていれば食べる事は出来ない。
旨い!と思ったのは、バッテラ。バッテラとは、そもそも私の住んでいる地域ではあまりなじみのない寿司ダネだ。モトは大阪の寿司だ。しかし、ここのバッテラを食べてしまった者はもはや余所では食えまい。一言、見事、である。
確かに、旨い。しかし、真に心を打つのは、一部の妥協を許さない板前のこだわりなのだ。そのような店には、利益を追わなければならない会社組織で運営されている寿司屋にはない独特の信頼感が在る。彼らはまず大前提として、自分のこだわりを裏切る事はできないのだ。「株式会社」にはなしえないサービスというものが彼らの中にはある。そしてそういったこだわりこそをよしとする顧客が今日も彼の心を信頼して、一つ舌の経験値を積むのだ。