株式会社トライアンフは、フィールドサポート、カスタマーサポート等のITインフラ導入・保守を中心に全国展開作業を請け負うIT企業です。

株式会社トライアンフ

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当社のコーポレートカラーは蒼色である。
蒼は元々好きな色だ。寒色系で基本イメージは「落ち着いたビジネス」、クールで緻密な感じを表す男性色である。コスモ証券時代は、同じ青系でも群青。私にコーポレートカラーについて教えてくれたメディアマーケティング時代の先輩は「深い藍」という表現を使っていたと思う。あの色も好きな色で、当時は必要以上にこってりした色使いを好んでしていた。
今の蒼はもっと空を抜けるような蒼。コスモ証券での最後の仕事、ホームページリニューアル時から使い始めた優しい蒼色。基本を白・黒にして、これをワンポイントとして使う。
デザインに関する部分を過度に意識するつもりは無いが、色は会社のイメージに直結する事が多い。大切にしなければ。

立命館大学時代に学んだ初めてのマネジメント理論は、「プロジェクトマネジメント」というものであった。私は、理論の本質のみを理解するタイプなので詳細説明は学者にでも譲るとして、大枠としては次の通りである。
「プロジェクト」というものを形付ける特徴としては、
■始めと終わりのある一連のタスクである
■限られたリソースを使う
■最終ゴールがある
■計画的・組織的なアプローチをして目標を達成する
■チームで作業を行う
という5項目が挙げられる。
私の大学時代や前職時代を知る友人達であれば、私がプロジェクトマネジメントの実行者であった事を理解してもらえる事だろう。
そして現在の起業家時代を迎えるにあたって、このプロジェクト指向とは異なる方向性を自らに課すことを決めている。それは、「going concern」という継続企業としての使命である。最近私は「企業は継続してこそ企業なのだ」という趣旨の発言を皆にしている。昔の東インド会社のような一プロジェクトで終わってしまう会社ではなく、継続することを前提にした価値、継続価値(going concern value)を高めていく会社であろうという意識を経営が持っているという事でもある。

2005年2月11日

《毎日》

友人が「毎日筋トレを行っている。体にいいから日向もやれ。」という話しを出した。
仕事から帰ってすぐに仕事に終われ、食事も電話しながら取り、タイムアップで眠る最近の暮らしの中でトレーニングの時間をする時間は正直無い。その旨告げると、
「腹筋5回、腕立て5回だけでもいいからやれ。いくら時間が足りなくてもそのくらいの時間はあるはずだ。」と切り替えされた。
確かに、そのくらいの時間は取れる。しかし、時間が合ったらやろうとしている事だって実は山ほどある。この毎日書き綴っている(ふりをしている)ホームページの更新もそうであるし、何気なくカードに触る時間だって時間があればあるだけ触っている。
つまりは重要度の問題なのだ。彼はムキムキになる事が重要であるだろうし、彼から見て無駄にしていると思われる、私の時間の使い方も私にとっては胸をはって自分に誇れる事に納得できるものだ。
あえて云おう。週末にお昼まで眠る事も、打ち上げで楽しく飲む事も、友達のブログにコメントを書くことも、私にとってはムキムキになるよりも重要な事である!
と、ここまで書いてみて。
体重計に乗る。・・ハラがヨジ切れる程腹筋をする自分がここにいる。(今は腹筋も重要なのだ!)

2005年2月10日

《眠る前に》

現場に出て終わってからデスクワークをする、という形を取っていると、普通のサラリーマンの二人分、三人分の仕事をこなしている事になる。現場に出たり、お客様先で打ち合わせをしたりしている間にも、次々とデスクワークがたまっていき、家に帰るまでには送らなければならないメールや纏めなければならない資料がたまりにたまった状態になる。
家に帰ると、「帰ったらすぐに確認して折り返します。」案件を仕上げて、次の日の案件のスタッフの予定が行き届いているかを確認する。週末であれば来週の予定を決定したりもする。連絡のたぐいは相手が寝てしまうまでが勝負になる。10日であればギャラの振込み確認も取る。
仕事の合間にプライベートで処理しなければならない案件を次々と片付ける。
気が付くと2時を超えて時間一杯である。私は毎日睡眠を最低3時間取ることを自分に課している。これは、昨年夏に仕事に追われて睡眠を削った挙句、日中に居眠り運転で追突事故を起こしたからだ。最低限の睡眠時間を確保するのは義務のうちの一つである。5時に起きるならば、2時がその日の仕事のエンドラインになるだろう。
最後に親しい友達に携帯でメールを送る。本当に眠たいときは、書きかけのまま眠ってしまう事もある。今週もぎりぎり何とかなった。

私が証券会社の新入社員だった頃、古くカビの生えたような体質の会社と主体性も無くバブルと証券会社におどろされ自己責任という証券取引の最低原則すら理解できない稚拙な顧客に心から失望しているとき、「オンライントレード」の部署に引き上げていただいた恩師がいる。
当時のメディアマーケティング部の部長であるN部長である。
新入社員は一年間営業、という当時のルールからはずれ、部長は私をもっとも新しい仕事を行う集団に引き入れた。
「面白い事をさせてやる!」
初めて転属の電話を直接部長から戴いたときに私を誘った言葉である。私の本当のコスモ証券時代はここから始まる。ループトレード対応、携帯トレード対応、自動音声対応、信用取引対応、そしてホームページリニューアル。私が全力で取り組んだ全ての企画は、いまでもはっきりと思い出せる。当時の仕様に関しては、現在でも私が最も詳しいとの自負もある。それほど熱中して、力を尽くすに値するすばらしい仕事であった。
全てはそのきっかけを与えていただいたN部長のおかげである。
メディアマーケティング部という部署は、部長を筆頭にコスモ証券では異端とされる偉才が集まっており、この部署に参加できた事を今でも非常に誇らしく思っている。しかし、あまりに会社の体質と各スタッフの意欲・能力に開きがあったため、一人、また一人とコスモ証券を離れていった。今にして思えば、コスモ証券という器では吸収しきれない個性の集まりだったのだろう。
私の先輩も辞め、私も去り、そして部長が一番信頼を寄せていた部下も離れて旧メディアマーケティング部のメンバーはコスモ証券の中で部長一人になった。
本日、その頃のスタッフの一人から連絡が入る。「部長がコスモ辞めるって・・」
・・ついにこの日が来たのか。なんとも云いがたいのだが、それもまたメディアマーケティング部の長として相応しい選択であるようにも感じられる。部長もまた、あの会社には収まりきれないほど優秀であった事は我々が一番良く知っている。
しかしそれでも、その知らせを聞いたとき私の心は泣いた。
2001年7月3日の日記を読み返す。すべてが灰色に見えた頃に、あれだけのすばらしい舞台を与えていただいたN部長に改めて、心から、感謝の気持ちを伝えたい。
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7/3
退屈で退屈で、泣き出しそうな夜。くるくる変わる善悪の感情と故意に忘れようとした知性。
来る日も来る日も炎天下の中、希望も好奇心も失った敗者と無関心に語りかけた。
いったい何をしているのだろう。壊れたモラルと非効率な経営の論理。
つまらない。つまらない。ツマラナイ・・・。
親しい友人に見せる別の顔。ボランティアで魅せる別の顔。仕事場でみせる別の顔。
人は俺を非常識と云い、俺は彼らをかわいそうだと思う。
大スキ。大切にしてくれてありがとう。でも最後まで共感出来なかったね。
最後まで俺のことはわからなかったね。最後まで仮面をかぶったままだね。
表面だけ見て満足?俺はいい子だった?子供っぽかった?学生っぽかった?
純粋だった?すれていた?理屈っぽかった?馬鹿だった?
俺はずっと泣いていた。さびしくって、にげたくって、しめった空をただ眺めていた。
誘ってくれてありがとう。今ならどんな変化でも大歓迎だった。うれしくってドキドキした。
「面白いことさせてやる!」
ドラマみたいだねって友人は云った。どこまで出来るかみせて欲しいとも。
新しい環境に飛び込む前のこの不安で楽しみな感情、俺の一番好きな時間。
さぁこい!次の一瞬よ!俺の一番輝ける時であれ!!