株式会社トライアンフは、フィールドサポート、カスタマーサポート等のITインフラ導入・保守を中心に全国展開作業を請け負うIT企業です。

株式会社トライアンフ

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2004年12月28日

《思惑》

仕事を請ける時、人を選ぶ時、金額を決める時、当社には当社の思惑があるし、クライアント企業にも実際作業を行うスタッフにもそれぞれ思惑がある。
関係者の思惑がぴったり噛み合えばそれに越したことは無いか、関係者の数が増えればその数だけの思惑が発生し、足並みがピタリと揃うことは中々難しいと思うようになる。
噛み合わずせっかくの仕事が請けられなかったり、人を余らせてしまったり、歯痒いと思う気持ちも正直あるし、残念と思う気持ちもある。しかし、実際はそれぞれに思惑がある事は自然であるし、それで良いとも思う。我々の仕事はすり合わせることであるし、我々がガマンすることで次につながるのであれば多少の幅を持たせることもある。それでも譲れない部分は当然あるのだ。
だから、クライアントの思惑やスタッフの思惑が、自分とどうしてもすりあわない時がある。だが、それでいい。引け目に感じてもらうことも無いし、腹を立てるようなことも無い。
「誰にだって思惑はある。俺にだってあるんだ。」

この業界、色々な会社の人から使われ、色々な会社の人を使う。
使われる時はシンプルでよい。良いサービスを行いために、いい人材を揃え、最新の注意を払ってクライアントにもエンドユーザにも満足してもらう。指揮する人が拙くて、業務の進行が100%完了しなくとも、当社としては割り振られた仕事をきちんと行っていれば進行状況に責任を負う必要は無い。
一方使う側に回った時は難しい。与えられた人材が優秀であるとは限らないからだ。与えられた人材が充分な仕事をしなくて進捗が遅れたり品質が落ちたりしたとしても、当社に責任が発生する。自分のところのスタッフであれば、品質や進行を守るため、やる気の無い人材・実力の無い人材を、怒鳴りつけてでもやらせる、あるいはいっそ使わないといった選択肢も取りうるが、賃金関係の異なる他社のスタッフであれば、「如何に使うか」の一点に全てがかかる。
自分に指揮権があるとしても、対会社として他社の人材を使うのである。当然身内のスタッフを使うよりもより礼節を守る必要があるし、時にヤル気のない人材であってもなるべく気持ちよく働いてもらえるように状況を整備する必要に迫られ、時に実力が足りない人材であっても学習能力を見極め、効率が上がるだけの学習能力があるならば必要充分なだけ教えて業務に必要なだけ実力を高め、学習能力にもかけるようであれば、彼の持つ現在の能力が最大限使えるような用法を考える。つまりチーム全体で彼も1人分として充分に働いてもらうだけの使い方をしなければならない。
今日は、私と当社スタッフ2名がそれぞれ一人ずつの派遣さんを引き連れて業務を行う事になった。私についてくれた派遣さんに車の中でまず挨拶をして、次に業務の説明をする。「わっかんねー。寒くてダリィ。はぁぁつっかれた、かえりてぇ。」駄目だ。挨拶も出来ない。仕事を覚える気も無い。頭も悪いし、やる気も無い。無い無いづくしの人材であることがすぐわかる。今日の業務は、作業量が多く、エンドユーザ企業が休みに入ってしまう前(つまり今日中)に終わらせなければならないというノルマがあった。彼にも可能な限り働いてもらわなければ、ノルマをこなすことは出来ない。最初は、業務内容を一通り教え、自分と派遣さんで、それぞれ業務を行う事が一番効率的だと考えていたが、業務全てを任せる事は不可能と判断。一部の役割のみ任せることに絞る。また、口頭での説明だけではなく、最初は一緒に同行して実際に見本を見せ、次に彼に実際業務をやってもらい、改善点をアドバイスする。後は彼を誉めて、信頼している事、業務を任せる事を伝える。お昼を回る頃には何とか仕事にもなれたようで、最低限効率的にチームとしての業務を行うことができた。
他の2チームにも確認をとると、私のチームと同じくらいの進捗で進んでいることがわかる。きっちりチームとしての機能をしている事を知り、一安心をする。全体の進捗から終了時間を予測することも出来る。頼もしく思った。それと同時に、他のスタッフに同行している派遣さんが水準の能力を持っている事も確認でき、ほっとする。全体を管理する立場としては、一番能力の低い人材は出来るだけ自分が使いたい。その視点から見ると今回は適所に派遣さんを同行させることが出来た。
きっちり17時までに本日の業務を終える。
全てのスタッフを当社で固めて業務を行うことを当社ではオールトライアンフと呼んでいる。オールトライアンフでの業務は、時間も読めるし品質にも自信がある。しかし、今回のようにオールトライアンフにならない場合でも、指揮権を与えられた場合は、柔軟にスケジュールを管理し、可能な限り品質を落とさない。当社がより上の階段を昇るためにこの信頼感は必須だと考える。
また、今日のように本来と違う業務であっても(コンピュータ関連ではなかった)充分なサービスを提供できるという信頼感。こうした幅の広さも益々必要になるだろう。
今日の仕事は私にとって非常に自信になったし、当社の可能性を再確認することが出来て本当に満足だった。
最後に、実施での見本として最初に伺った白扇様には恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした。いつも本当に感謝しております。

2004年12月26日

《大切なこと》

大切なことは好きか嫌いかではない。自分が普段やっていることを何よりも大切で大好きになるほど必死に行う事ができるか。それのみだ。普通の人であればどんなことをしている時間よりも仕事をしている時間は長いはず。自分の仕事を嫌いという人は、なによりも自分の人生を大切にしていない。残念だと思う。

2004年12月25日

《拙速》

「拙速」とは、仕上がりは早いが出来は悪いの意。あまり良い意味で使われることの無い言葉である。それでも私はこの言葉が好きだ。
最近プロフェッショナルについて考えさせられる機会があったが、私は「職業として行動している人」以上の意味で定義していない。巧いか拙いかはプロであることとは関係が無いと思っている。
もちろん、お客様には最高峰の品質を提供したいと思う。しかし現実には最高峰に達してから商品化・サービス化するのでは絶対に商売になりえない。実際は、とにかくサービスを提供する。そしてその拙い商品からどんどん品質を向上させていくというのが、プロの求められる資質では無いだろうか。ソニーのラジオであれ、松下の電球であれ、初期の製品は市場における最高峰どころか、技術者本人ですら納得のいかない出来であったことは有名である。しかし、それを売って、売った資金でよい良い製品を作るという姿勢がまさにプロフェッショナルだと思った。また、WINMeみたいなバグだらけの製品をここまで世界に売りまくったマイクロソフトも心底プロだと思った(涙)。
拙速でも足を踏み出す勇気こそプロの必須条件。それがスピードを生むのだ。もちろんトラブルも生む。戦うからこそトラブルが起きるのだ。巧遅を極められるアマチュアにはトラブルなどは存在しない。
最高のものはいつか必ず作ってみせる。だから今はこれで前に進もう!
最後に好きな孫子の言葉を紹介する。
「兵は拙速を聞く」
聞くと表現しているのが面白い。良くも悪くもスピードこそが経営の命である。

2004年12月24日

《聖夜》

ロスに留学していた頃、クリスマスには売っている中で最も大きなもみの木を買ってきて、よじ登りながら飾り付けをした。雪が降り積もっているような白い細工がされたツリーを選ぶのがお気に入りだった。運ぶのも大変で、店から家に持ち帰るのに、車の天井に縄でくくりつけ枝で周りを傷つけないように気を使う。飾りつけも大変で、電飾も飾りもワンセットでは全然足りず、去年の分から壊れた物を除き、更に2・3セット買ってきてきらきらに飾る。てっぺんには大きな星。置く場所は暖炉のヨコ。
イブの夜は、ホストの家族と留学生で集まり、ツリーの下に皆の持ち寄ったブレゼントを飾る。電気を消して、暖炉の炎とツリーの電飾とキャンドルの炎で明かりを取るので、部屋全体がほんのりと明るく灯る。それがなんともクリスマスだった。
・・本当に大きなツリーで、見上げると皆童心に帰ったような顔をする。あのツリーが大好きだった。本当に好きだった。なぜ日本ではああした物を売らないのだろう。売っていても皆買わないのだろうか。ふしぎだ。
26日になると、飾り付けを取り、ツリーを庭で燃やす。あの燃え盛るツリーを眺めて送るのも壮観でとても好きだった。今でもあの頃のクリスマスの思い出は大切な何かになっている。